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ゲスト・コラム
フォトジャーナリスト、宇田有三さんから届いたコラムをご紹介します。
 明日の命も危ない厳しい社会情勢の中、それでも恐怖を乗り越え、小さな声をあげて生きている。そんな人々のいる国で感じた言葉の数々が、日本で暮らす私たちの胸に刺さります。
 皆さま、ぜひご一読を。
■ I N D E X
自分のために(1) このページです
自分のために(2)
恐怖からの自由(1)
恐怖からの自由(2)

【プロフィール】
(宇田有三:うだ・ゆうぞう)フォトジャーナリスト。神戸市在住。中米やビルマの軍事政権、先住民族、世界の貧困を中心にドキュメンタリー写真を撮影し続ける。
→公宇田さんの写真が見たい方はこちら
自分のために(1)
 へいわ本舗メルマガのリレー・エッセイで古谷さんは、中米・グアテマラのことについて書いていました(その前の号の安藤さんも同国のことに触れてました)。
  私は今、そのグアテマラに滞在中で、現地からこの文章を送っています。

  5月15日(土)の昼過ぎ、5年ぶりに首都グアテマラシティーにやってきた。雨期の始まりであろうか、午後3時頃、分厚い灰色の雲が空を覆い、雷を伴う雨が降り始める。雨粒というより、石畳の地面に水玉模様の跡を残す、大粒の水滴が落ちてきた。
 大聖堂前の中央公園で話をしていた石川さんと私は、そんな雨から逃れるように、近くの米国系ファーストフード店に入った。
 石川さんは、このグアテマラに住んで約12年、現地のNGOに深く関わっている人である。この国に特有の味の薄いコーヒーをすすりながら、私は彼女に、久しぶりに訪れたグアテマラの感想を話してみた。
 「今回はまだ2週間しか滞在していないけど、なんか、ほっ、とした軽さを感じますね。まあ、TVや新聞で見るかぎり、一般犯罪は相変わらず多  いようですけど、この数十年間、生活の中にしみ込んでいた軍への恐怖がなくなったような感じです。間違ってますか?」
 石川さんは、だいたいにおいて、同意してくれた。
 「確かに。でも、過去の事件で、同じ村に加害者と被害者が一緒に暮らしている状況なので、一見平和に見える村の中にも実は、癒しきれないモノがいまだ残っているんですね。それでも、軍への恐怖はなくなった。それは、そうですね。」
 子どもの足をつかんで、頭部を岩に叩きつけて殺害する。あるいは、殺した身体の一部を切り取り、口に突っ込み、見せしめのために道路に放置する。
  軍の暴力を背景にした、そんな目に見える恐怖はなくなった。それは確かであろう。内戦が終結してよかったことは、毎日の暴力が減ったことだ。
 しかし、見えなくなったから問題がなくなったわけではない。というか、この国の抱える問題は解決されないまま、忘れ去られようとしている。

  「8年前からずっと、グアテマラに来たかったんです!」。そんな日本人女性に先日、出会った。1年間、この国に住むんだ! そう言って、張り切っていた。
 彼女が最初に落ち着いたのが、グアテマラの中の「異国」、観光地で名高いアンティグア。そこで現地の人の家に下宿しながら、少しずつスペイン語を勉強しつつ、現地生活を楽しんでいる毎日だ。
  しかし、そんな彼女が偶然、『虐殺の記憶』(岩波書店)を手に入れ、読み始めた。別の日本人は、その内容の重さに最後まで読み切れなかったというシロモノだ。
  彼女は、つい20年ほど前に起こったグアテマラの暴力の歴史を知ってしまった。
 「すごい国だったんですね。先住民の美しい衣装の国じゃないのですね。
 こんな国で、じゃあ私たちは今、一体、どうしたらいいの」
 本を読んで、この国に関わる当事者になってしまったようなリアクションにも驚いた。こう言うしかなかった。
 「確かに、この国の歴史はむちゃくちゃだけど、それはどんな国にもあること。この国が好きだと言うなら、今のこの国はどうなっている。それも知った方がいいじゃないかなあ。特に先住民族のことを」
 でも、外国人として、何を知ることができて、何を知ることができないのだろうか。
 今のグアテマラには、一見暴力のない、平和になった日常生活しか見えない。そんな平和な暮らしは、日本に帰ってしまうと、とりたてて意識されないだろう。
 ショッキングな事件の被害者・加害者は記憶される。だが、たとえば交通事故の犠牲者は記録されるが、当事者となった近親者や友人以外の者には記憶されることはない。
 それゆえ、市井の日常生活はありふれているからこそ、歴史には残されることは少ないだろう。そう、歴史という形で残された記録はこれまで、果たしてどんな取捨選択がなされてきたのか。その基準を、何かのきっかけで考えることができればいい。

  自国民が犠牲になれば、当事者顔をして大騒ぎ。他の国の人の生命が失われても、単なるニュースに扱い。今の私たちの生活は、命の重さが平衡ではないことに気づきつつ、それをはっきりと指摘されるのを嫌うようだ。
 何も考えなくてもいい、現状維持的な平和生活は、もしかしたら誰かの犠牲に上に立っているかもしれない。そのことを指摘されるのも嫌う。
 たとえば私は、グアテマラも含め、中米各国や東南アジアのゴミ捨て場で  働く人びとの写真を撮り続けている。すざまじい貧困の現実である。もちろん、多くの子どもたちも働いている。
 写真を見た感想は、同じようなものだ。
 「過酷な状況の下でも、汗水流して働いている子どもたちの姿に感動しました。そんな彼らの姿を見て勇気が出ました。飽食の日本の姿を反省しました」
  これが大勢である。
  しかしながら、なぜ彼らがそういう生活をせざるを得ないか、どうして、  貧困の生活を受け入れざるを得ないのか、その背景にまで想像を巡らせた感想はきわめて少ない。彼らの存在はあくまでも、対岸の悲劇のままである。
 飽食の一方で、飢餓がある。自然の生み出す産物は一定だと思ったことがある。本来なら他者が享受すべきモノまで、それが当然のように偏ってしまっている現実もある。
  厳しい状況下で生活する人びとは、毎日の生活に追われ、自分たちの生活  をよくするために、ほんの小さな声を上げることもできない。上げようと考えることさえ放棄させられている。
 強い者が得る。それは、自然界の厳しい掟かもしれない。そこには一考の余地はないのか。しかも、あたかも、公平・公正な立場で競争がなされているように、強者は錯覚したまま。
 ゴミ捨て場でのギリギリの日常生活は、今も続いている。為政者にとっての恥部となる現実は公にされることは少ない。その事実は、時代と平行して記録に残されることは、これまた少ない。
 グアテマラの(経済的な)貧しさ、エルサルバドルの貧しさ、カンボジアの貧しさ、フィリピンの貧しさ。太平洋を隔てた国の間に、貧しさに共通点があるのでは?
 現場を歩きながら、ふと、気づいた。もしかしたら、日本(先進国)と関わりがあるのかもしれない? 外国の富や資源の収奪をつづけているかもしれない。そう、指摘されるのを嫌う人々もいる。

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