平和とはなんでしょうか。
暴力がないということでしょうか。
民主主義が、殴り合いではなく話し合いでものごとを解決することを意味するのであれば、それ自体ひとつの平和の形といえるのではないでしょうか。
コスタリカでは、民主主義のシステムである選挙に「楽しみ」や「幸せ」という価値観をつけ加えることで、より積極的な「平和」を体現しようとしています。
「国民的祭典」としての選挙、文化としての民主主義
4年に1度、サッカーのワールドカップと同じ年にある統一選挙。大統領や国会議員などが一度に選ばれます。この期間は、文字通りの「お祭り騒ぎ」が国中で繰り広げられます。
政党の集会は、多い時には10万人を超える人が集まる一大イベント。時には大通りを通行止めにして舞台や大型スピーカーを設置し、朝から晩まで音楽を流して、政治家だけでなくさまざまなゲストが登壇して会場を沸かせます。その中には子どもたちも含まれます。寸劇を披露することもあれば、立派な弁士として政治的要求を主張することもあります。
選挙の主役は子どもたち!
子どもたちにないのは「選挙権」だけで、それ以外の政治的権利は「投票する権利」まで含めてすべて行使できます。政党の集会はもちろん、投票日の投票所でも受付事務を手伝うなど、子どもたちはあちこちで大活躍。コスタリカの選挙は、子どもたち抜きには語れないほどです。
また、大人とは別に、子どもたちだけの投票も行われます。国立子ども博物館や国営放送局などが独自に投票所を開設し、大人たちが子どもたちを連れて一日中賑わいます。大人たちは、子どもたちが投票するシーンを写メにおさめ、FBなどに投稿したりして、「選挙デビュー」を祝います。大人も子どもも、みんなどこか誇らしげな顔をしているのがとても印象的なイベントです。
三権から独立した「選挙最高裁判所」
コスタリカの民主主義を制度的に支えるのは、選挙最高裁判所(TSE)です。司法、立法、行政の「三権」に匹敵する「第四権」として、近代民主主義の制度的基礎である選挙を独立的権限で司っています。これにより、高い透明性と公平性を確保し、思想信条の自由と表現の自由を基礎とする民主主義を確保しています。
TSEは、選挙にかかわるありとあらゆる行政事務及び判断を司ります。そのため、日本でいう戸籍登録に当たる市民登録もTSEの管轄になり、投票に必要な身分証明書(セドゥラ)もここが発行します。この身分証明書は18歳以上の成人が対象ですが、近年12歳以上の未成年者にも与えられることになり、子どもたちは未成年者用の投票所でそれを示して投票します。
また、告示期間の4ヶ月間は、警察の権限もTSEに「象徴的移譲」をされます。警察の業務が特段変わるわけではないのですが、選挙行政に関わる事案が発生した場合、警察はTSEの指示に従うことになります。コスタリカの人たちが選挙をいかに大事にしているかを、文字どおり象徴するシステムといえるでしょう。
「選挙外交」で「平和の輸出」
選挙を平和外交にも役立てているのがコスタリカの特徴です。20世紀後半に内戦や軍事政権が続いた中米地域では、選挙などの制度はもとより民主主義の文化が崩壊し、内戦が終わった後の国の再建が地域の最重要課題のひとつとなっていました。
そこでコスタリカは、自国で選挙がある時に周辺諸国の選挙行政担当者を呼び寄せ、どうすれば選挙が民主主義のツールとして平和構築に有効であるかを示しました。また、周辺諸国で選挙がある時にはTSEの職員が派遣され、選挙監視団の一員として民主主義的な選挙システムのインストールを手伝いました。
周辺諸国に民主主義的な選挙制度がインストールされるということは、その国の社会情勢が安定するということです。そうなれば当然、コスタリカにとっても外的な不安が減るということにつながります。その国にとってもコスタリカにとっても平和に寄与するというわけです。TSEは、この「選挙外交」を「平和の輸出」と位置付けて重要視しています。
コスタリカの民主主義が抱える問題
最大の問題は、政治家の汚職とそれによる政治不信でしょう。長く二大政党制が続いてきたコスタリカでは、大政党の間で次第に慣れ合いが生じ、政治腐敗が深刻化しています。それによる政治不信は投票率の低下と二大政党制の崩壊を招きました。大政党から分かれて出来た新しい政党が勢力を伸ばしつつありますが、投票率は60%台にとどまったままです。信頼を失うのは一瞬ですが、取り戻すには長い時間がかかります。今がコスタリカの民主主義の正念場といってもいいでしょう。